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~追憶は桜真珠の君を導く~ 4

last update Last Updated: 2025-09-15 10:50:58

「……へ、陛下?」

 その色はかの国の頂点にいる者にしか許されない禁じられた色。その色を纏うのはかの国の少年王ただひとり。至高神の支持を得て十三歳にして玉座に降り立ち、十八歳になった今もなお国にその名を轟かせている現神皇帝……皇九十九。

 驚く道花に、九十九は首を傾げる。

「何かおかしいか? 朝の散歩くらい、おれだってする」

「いえ、おかしくないですよだってここは皇一族が所有する敷地内ですもの。おかしいのは陛下がおひとりで散歩をされているというその点にあると思うのですが」

 慌てて首を振って言い返せば、九十九もまた素直に言葉を返す。

「常に護衛を置けというのか。自分の家でそこまで神経使うのもどうかと思うがまぁ警吏がその辺にうようよしているから問題ないだろう。木陰には言づけているし」

「あ、木陰さんはご存じなのですね」

 それならいいかと頷く道花に九十九が怪訝そうな表情を向ける。

「むしろおれは侍女どのがひとりでふらふらしている方が疑問だ。慈流どのの傍にいなくていいのか」

「慈流ならあたしより強いから大丈夫です。それに寝込みを襲おうにも結界を張っておきましたから幽鬼対策もバッチリです」

 その言葉に九十九がぴくりと頬をひきつらせる。

「……やはり幽鬼は侵入しているのか?」

「そうですねー、昨晩の時点で木陰さんは一定量の瘴気に気づかれたそうですが、それが幽鬼か闇鬼かはまだわからない感じです。でも慈流は生粋の人魚なので、かの国に渡る際にどうしても歪みが生じたのは事実です。冥穴から機会を窺っていた幽鬼が動くとすればやはりこのときしかないだろうなー、ということで瘴気避けの結界を張ったんです」

 九十九は夜半に訪れた至高神の言葉を思い出し、首を振る。

「侍女どののその見解は間違っていない。皇位を狙う何者かに闇鬼が憑いたらしい」

「あ、そうなんですか」

 やっぱり憑いちゃったんですねうんざりした風に道花は応え、九十九につづきを促す。

「至高神いわく、このどさくさに鬼神が動くんだと。しかもこのままだと珊瑚蓮は黒い花を咲かせて

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  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~追憶は桜真珠の君を導く~ 5

    「侍女どの?」 視線が絡み、動きを止めて九十九に見入ってしまった道花に、穏やかな声が降ってくる。「あ、申し訳ありません! その、陛下の双眸が美しすぎて……」 「この瞳が? つまらぬ黒い瞳だろうに」 「いえ。孔雀石みたい」 道花が率直に告げた瞬間、森の奥から眩い光が差し込み、視界が一気に明るく染まる。  朝陽が顔を見せると同時に、道花の姿にも異変が生じていた。  変哲もない茶色い髪が黄金色に煌めいている。蜂蜜のようなとろみのある色へ。陽光を受けた双眸も榛色から青みがかった月長石(ムーンストーン)のような輝きへ。「陛下? 何をっ……」 思わず、みつあみを結っていた組紐に手をかけていた。蜂蜜色の長い髪を持つ月光のような瞳の少女を九十九は確かに知っていたから。もし、彼女がそうなのだとすれば……  引きちぎられるようにほどけたふたつの組紐が地面へぽとりと落ちる。丁寧に編みこまれていたはずのみつあみは、不思議なことにすとんとまっすぐ重力に従った。「やはり、そうなんだな」 みつあみをほどかれ、茫然自失としている道花の前で、九十九が納得する。  生粋のセイレーンの女性に、直毛はいない。だとすると、彼女はセイレーンの地で生まれ育ったものの、両親がセイレーンの人間ではないということになる。 ――人魚の女王とかの国に系譜を持つ男の娘である可能性が高い。それに、この姿は、間違いない。あのときの彼女だ。「あ……」 蜂蜜色の長い髪は針金のような直毛で、みつあみを結っていてもほどくとすぐに元に戻ってしまう。セイレーンの女性はみな海の波のように美しい髪を持っているのに、道花だけは生まれた頃から直毛で、コンプレックスだったのだ。みつあみを結っていれば露見することはないと思っていたのに、目の前の少年はあっさりと道花の前で正体を暴く。 「やっとみつけた。珊瑚蓮の精霊……いや、海に誓った真珠」  その言葉に、道花の身体に震えが走る。それは、夢のなかでも彼が囁いていたもうひとつの名前。

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~追憶は桜真珠の君を導く~ 4

    「……へ、陛下?」 その色はかの国の頂点にいる者にしか許されない禁じられた色。その色を纏うのはかの国の少年王ただひとり。至高神の支持を得て十三歳にして玉座に降り立ち、十八歳になった今もなお国にその名を轟かせている現神皇帝……皇九十九。  驚く道花に、九十九は首を傾げる。「何かおかしいか? 朝の散歩くらい、おれだってする」 「いえ、おかしくないですよだってここは皇一族が所有する敷地内ですもの。おかしいのは陛下がおひとりで散歩をされているというその点にあると思うのですが」 慌てて首を振って言い返せば、九十九もまた素直に言葉を返す。「常に護衛を置けというのか。自分の家でそこまで神経使うのもどうかと思うがまぁ警吏がその辺にうようよしているから問題ないだろう。木陰には言づけているし」 「あ、木陰さんはご存じなのですね」 それならいいかと頷く道花に九十九が怪訝そうな表情を向ける。「むしろおれは侍女どのがひとりでふらふらしている方が疑問だ。慈流どのの傍にいなくていいのか」 「慈流ならあたしより強いから大丈夫です。それに寝込みを襲おうにも結界を張っておきましたから幽鬼対策もバッチリです」 その言葉に九十九がぴくりと頬をひきつらせる。「……やはり幽鬼は侵入しているのか?」 「そうですねー、昨晩の時点で木陰さんは一定量の瘴気に気づかれたそうですが、それが幽鬼か闇鬼かはまだわからない感じです。でも慈流は生粋の人魚なので、かの国に渡る際にどうしても歪みが生じたのは事実です。冥穴から機会を窺っていた幽鬼が動くとすればやはりこのときしかないだろうなー、ということで瘴気避けの結界を張ったんです」 九十九は夜半に訪れた至高神の言葉を思い出し、首を振る。「侍女どののその見解は間違っていない。皇位を狙う何者かに闇鬼が憑いたらしい」 「あ、そうなんですか」 やっぱり憑いちゃったんですねうんざりした風に道花は応え、九十九につづきを促す。「至高神いわく、このどさくさに鬼神が動くんだと。しかもこのままだと珊瑚蓮は黒い花を咲かせて

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~追憶は桜真珠の君を導く~ 3

       * * *  道花は自分が滞在している桃花桜宮の名の由来となっている桃の花も桜の花も知らない。 ――だというのに桜という植物がひどく懐かしいものに思えてしまうのはどうしてだろう? 生まれたときからずっと常夏のセイレーンにいたから当然のことと言われたらそうかもしれないが、木陰がかの国では桜の花はセイレーンの蓮の花のようなものだと教えてくれたのだ。それで昔どこかで耳にしていたのだろう、サクラという凛とした言葉の響きを。  かの国の国花に定められているのだ、きっと美しい花なのだろうとその話を聞いていてもたってもいられなくなっていた道花は寝台で眠っているカイジールをおいて、早朝の散策に出発していた。桜の花が春にしか咲かないことも知らないまま。  だって道花が知っているのは天高く花開く大輪の向日葵や神殿の柱に蔦を這わせて至る所に星型の花を咲かせる赤や橙の縷紅草(るこうそう)、建物を囲うように鬱蒼と茂る凌霄花(ノウゼンカズラ)、天井から垂れさがるように花を見せる瑠璃茉莉(るりまつり)に海辺に植えられた清楚な白い浜木綿(はまゆう)、道花の顔よりもおおきな花をつける天使の喇叭(エンゼルトランペット)……そして自分が丹精込めて育てている珊瑚蓮。その程度しか、植物の知識がないのだ。  だからかの国で見聞きする植物はどれもこれも奇妙で興味深くて、昨日の夜に気をつけろとカイジールに忠告されたばかりだというのにこうして単独行動に走ってしまった。「だけど大丈夫よね、まだ朝早いんだし」 興奮していたせいか、ふだんよりも早く目覚めてしまった道花は、むくりと起き上がり、カイジールが目覚める前に戻れば問題ないだろうと結論付けて昨日と同じ宮廷装束で中庭に降り立っている。  五つの宮殿に囲まれた芝生の中庭は見通しがよく、数人の警吏兵が周辺に目を配っていた。規則正しく植えられた低木には一重の真っ赤な小花が咲いている。なんの花だろうと疑問に思いながらも道花はぺこりと挨拶をして通り過ぎ、珍しい花木が植えられているという裏庭の薬草園へ足を向ける。 すでに朝ご飯の準備がはじまっているのか、紅薔薇宮近辺から乳酪(バター)の香ばしい香り

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~追憶は桜真珠の君を導く~ 2

     誘惑するような声色が、九十九の耳元を攫っていく。彼女を敬う口調はすでに忘れ去られていた。「……助言、だと」 受け入れてはいけない。神が口にする気まぐれはときに国を滅ぼしかねない。自分の父が至高神に唆されてセイレーンの女王と対面して心奪われ闇鬼に囚われてしまったときのことを思い出しながら、九十九は反論する。「そうさ。この世界の命運を握る珊瑚蓮の精霊を手に入れたいのだろう? 初恋の君に早(はよ)う逢いたいだろう? そなたが彼女を強く求める理由を、知りたくはないのかえ?」 「強く求める理由?」 その言葉に、抵抗を感じたのはなぜだろう。九十九はカッと顔色を赤くして言い返す。「まるで神がおれの初恋を決めたような言い方だな。おれが彼女を見初めたのはけして神のちからではない。おれが決めたことだ」 「そう思いたければそう思っているがよい。ま、そなただけがその思い出を美化して胸に仕舞っているようだがな」 ガツンと頭を硬い物で殴られたような衝撃を感じながら、九十九は反論する。「……何をわかったようなことを。彼女はおれを頼ったんだ。おれが次の神皇帝となったら、珊瑚蓮の花が咲くのだと」 「それは否定せぬ。げんに今、珊瑚蓮には蕾がついておる。だが、その花の色が問題だ」 「花の色?」 「このままだと、花は闇を包容し、滅亡の黒花を咲かせるだろう」 予言するように至高神は口にする。うたうような柔らかな口調に、九十九は思わず黙り込む。「珊瑚蓮の精霊には愛情を。女王が闇に染まってしまったいま、珊瑚蓮の花を愛溢れる珊瑚の桜色へと染め上げるのは、始祖神の『地』のちからと彼女の『海』のちからが結ばれなければ叶わぬこと……だから妾はとっととそなたが珊瑚蓮の精霊を見つけ出すことを待っておるというのに。女王の娘だと思った花嫁は生粋の人魚で男! まったく話にならぬ。初恋の思い出に足を掬われないうちに、現実を思い知れ。このままだと死んでしまうぞ。あのちいさな真珠の花は」 「死ぬのか!」 物騒な言葉に九十九が食らいつく。「そうさ。過度なちからを宿した珊

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   chapter,4 ~追憶は桜真珠の君を導く~ 1

     九十九がはじめてセイレーンを訪れたのは十歳の盛夏だった。当時はかの国と良好な関係を築いていた誓蓮王朝は、九十九たちを快く迎え入れ、盛大な宴を催してくれた。  年間を通じて温暖な気候がつづくこの地は常に極彩色の花々が咲き、色鮮やかな珍しい小鳥がかん高い声色で歌を囀りつづけている。七つの宝石が島となり国を成したというセイレーンは国そのものが宝物のように眩しかったと九十九は回想する。  国祖神ナターシャは麗しい姿を見せ、始祖神の子孫である皇一族に頭を垂れたが、始祖神と国祖神の母神にあたる海神の眷属でしかない人魚の女王オリヴィエは常に偉そうにしていた。 ――なぜあの女王さまは国神さまより偉そうなの? 父親に訊けば、上機嫌な表情で美しいからいいのだと質問を撥ね退けられ、それ以上口にするのを憚れてしまった。  確かに女王オリヴィエは美しかった。けれど九十九は彼女が怖かった。人形みたいで。  逆にセイレーンの国神はきさくで人間らしく、九十九のような少年の言葉にもしっかり耳を傾けてくれた。自分の母が生きていたらこんな感じなのかと本人に尋ねたら、せめて姉にしなさいと窘められたのもいい思い出だ。  だが……そんな彼女から、自分は国を統べる神のちからを奪ったのだ。彼女が女王を制していれば、九十九の父で九十八代神皇帝だった哉登が死ぬことなどなかったのだから。  那沙と名を改められた元国神は、九十九の要請どおり、迎果七島の土地神になることを承諾した。そのときできれば女王の娘を手に入れたかったが、それは叶わなかった。「――なぜなら、彼女は女王に認められずに市井で育てられた、珊瑚蓮の精霊だったから、の」 ふぃと浮かび上がる影に遮られ、九十九は瞳を瞬かせる。宙に浮かぶ少女は目にも鮮やかな瞳を悪戯っぽく煌めかせ、風もないのに白い袿の裾をゆらゆら揺らして遊んでいる。  天色と呼ばれる空の青を宿した双眸は、興味深そうに九十九の姿を映し出す。  それは神皇帝に選ばれたものしか認識することの叶わない、始祖神の姐神。父なる創造神と母なる海神が産み落とした、天を統べることを司る、最初で最後の宿命を賜れた第一の女神。天神。万物の理を無視

  • 少年王が愛する蓮は誓いの海ではなひらく   ~陰謀と夜蝶は新月に躍る~ 7

     九十八を殺したことで九十九は報復と称しオリヴィエを捕え、ナターシャと彼女が持つ『海』のちからの半分を核に封じてしまった。たぶん、彼の手元にはまだオリヴィエのちからを保った核があるだろう。それを取り戻すことさえできれば、かの国の始祖神の子孫を相手に堂々と戦いを挑むことが可能だ。「そのためには義兄上を虐げる必要があるのですね」 ジェリオットは和やかに笑みを浮かべ、オリヴィエの言葉を待つ。そう、彼は九十八代神皇帝の第三妃が産み落とした唯一の生き残り、第七皇子なのだ。 ジェリオットという名はオリヴィエが黒蝶真珠の御遣いとして定めた際に与えたもので、彼の本当の名ではない。だが、オリヴィエは彼の名を知ろうとは思わない。九十九の母親違いの弟で、かの国の現状を厭っているがゆえに彼女に傾倒した愚かな十二歳の少年でしかない。「彼があたくしのちからの核を持っているのなら、それを取り戻さなくては話にならないもの」 面倒くさそうに呟きながら、オリヴィエは言葉をつづける。「だけど、あんたのお兄さまがイイ感じに闇鬼に憑かれたみたいね。カイジールに一目惚れするなんて」 くすくす笑う声は、鈴を転がしたかのように軽やかで、とても囚われた人間のものとは思えない。「カイジールを花嫁に据えたってことは、ナターシャもすこしは考えているのかしら? 砂に砕かれたあの娘の最期のあがきかもしれないけど、これを利用しない手はないわね」 どんどんくだけた口調になるオリヴィエを少年は黙って見守りつづける。「珊瑚蓮の花をつけさせるわけにはいかないの……九十九を騙せればいいんだけど、あの娘と逢ってる彼はきっと感づいているわね。あのときの少女といまの花嫁は別人だって」 オリヴィエの声はだんだんと甲高くなり、興奮のためか身体がぶるりと震えだす。「カイジールと取り替えてやり過ごそうとしたのはきっとリョーメイかしら。なってないわね、男性を選んだカイジールが短い時間で完全に女性に戻ることはできないんだから。ま、他者を欺くにはいい隠れ蓑かもしれないけど」 そして拳を握りしめ、

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